的中馬券の払戻金・逆転・雑所得

 

 

 

 

 所得税更正処分等取消請求控訴事件、東京高等裁判所判決/平成27年(行コ)第236号、判決 平成28年4月21日、判例時報2319号10頁について検討します。

 

 

 

 

 

 

【判示事項】

 

 外れ馬券の購入費を経費と認めず追徴課税したのは違法であるとして課税処分の取消を求めた事案につき,本件競馬所得は一時所得に該当し,外れ馬券の購入代金を控除することは出来ないとして,請求を棄却した原審判決に対する控訴審。控訴審は,原告は馬券を有効に選ぶノウハウを持って恒常的に多額の利益を上げており,このような外れ馬券を含む一連の馬券購入は一体の経済活動の実態を有しており,本件競馬所得は,「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」として,一時所得ではなく雑所得に該当するとして,外れ馬券を含む全ての馬券の購入代金の費用が必要経費に当たると判断し,原審判決を取り消し,本件課税処分を取り消した事例

 

 

 

 

 

 

 

 

主   文

 

 

1 原判決を取り消す。

 

2 稚内税務署長が平成23年3月14日付けで控訴人に対してした次の各処分をいずれも取り消す。

  

(1) 控訴人の平成17年分の所得税に係る更正のうち総所得金額2118万2150円,納付すべき税額456万5400円を超える部分及び同更正に係る無申告加算税の賦課決定

  

(2) 控訴人の平成18年分の所得税に係る更正のうち総所得金額6211万6400円,納付すべき税額1972万8400円を超える部分及び同更正に係る無申告加算税の賦課決定

  

(3) 控訴人の平成19年分の所得税に係る更正のうち総所得金額1億2509万3800円,納付すべき税額4663万2300円を超える部分及び同更正に係る無申告加算税の賦課決定

  

(4) 控訴人の平成20年分の所得税に係る更正のうち総所得金額1億0921万7980円,納付すべき税額4021万0100円を超える部分及び同更正に係る無申告加算税の賦課決定

  

(5) 控訴人の平成21年分の所得税に係る更正のうち総所得金額2億1188万7850円,納付すべき税額8125万0100円を超える部分及び同更正に係る無申告加算税の賦課決定

 

3 稚内税務署長が平成23年3月30日付けで控訴人に対してした控訴人の平成22年分の所得税に係る更正のうち総所得金額5949万7700円,納付すべき税額2029万3600円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定をいずれも取り消す。

 

4 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

 

       

 

 

 

事実及び理由

 

第1 控訴の趣旨

   主文と同旨

 

第2 事案の概要

 1 本件は,競馬の勝馬投票券(以下「馬券」という。)の的中による払戻金に係る所得を得ていた控訴人が,平成17年から平成21年までの各年分の所得税に係る申告期限後の確定申告及び平成22年分の所得税に係る申告期限内の確定申告をし,その際,上記各年において控訴人が得た馬券の的中による払戻金に係る所得(以下「本件競馬所得」という。)は雑所得に該当し,外れ馬券の購入代金は必要経費として雑所得に係る総収入金額から控除することができるとして,総所得金額及び納付すべき税額を計算していたところ,所轄の稚内税務署長から,本件競馬所得は一時所得に該当し,外れ馬券の購入代金を一時所得に係る総収入金額から控除することはできないとして,上記各年分の所得税に係る更正(以下「本件各更正処分」という。)及び同各更正に係る無申告加算税ないし過少申告加算税の賦課決定(以下「本件各賦課決定処分」という。)を受けたことから,これらの各処分(本件各更正処分については総所得金額及び納付すべき税額が確定申告額を超える部分)の取消しを求めた事案である。

 

   原審は,本件競馬所得は一時所得に該当し,外れ馬券の購入代金を一時所得に係る総収入金額から控除することはできず,本件各更正処分及び本件各賦課決定処分はいずれも適法であるとして,控訴人の請求をいずれも棄却した。

 

   そこで,控訴人がこれを不服として控訴した。

 

 

 2 関係法令の定め,前提事実,争点及び当事者の主張

   次のとおり補正するほか,原判決の「事実及び理由」の第2の1から4まで,原判決別紙1から4まで及び原判決別表1-1から2-6までに記載のとおりであるから,これを引用する。

  (1) 4頁1行目の「1条1項,2項」を「1条の2第1項,2項」に,同頁7行目の「1条5項」を「1条の2第5項」に改め,同頁18行目の「1月5日から同月7日までの日」の次に「(平成27年農林水産省令第73号による競馬法施行規則2条2項の改正により12月28日がこれに加わった。)」を加え,同頁23行目の「9条1項」を「13条1項」に改める。

  (2) 9頁8行目の「農林水産大臣が定める率」に次に「(平成25年農林水産省告示第2960号によれば,100分の80)」を加える。

  (3) 13頁12行目の「裁判所時報1623号52頁」を「刑集69巻2号434頁」に,同頁13行目の「公知の事実」を「甲17,甲21」に改める。

 

 

 

 

 

第3 当裁判所の判断

 

 

1 当裁判所は,本件競馬所得は雑所得に該当し,外れ馬券の購入代金は必要経費として雑所得に係る総収入金額から控除することができるものであり,本件各更正処分のうち総所得金額及び納付すべき税額が確定申告額を超える部分並びに本件各賦課決定処分はいずれも違法な処分として取消しを免れないから,控訴人の請求はいずれも認容すべきものと判断する。その理由は,以下のとおりである。

 

 

 

2 本件競馬所得の所得区分について

  

 

(1) 所得税法34条1項は,一時所得について,「一時所得とは,利子所得,配当所得,不動産所得,事業所得,給与所得,退職所得,山林所得及び譲渡所得以外の所得のうち,営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないものをいう。」と規定し,同法35条1項は,雑所得について,「雑所得とは,利子所得,配当所得,不動産所得,事業所得,給与所得,退職所得,山林所得,譲渡所得及び一時所得のいずれにも該当しない所得をいう。」と規定している。本件競馬所得が,利子所得,配当所得,不動産所得,事業所得,給与所得,退職所得,山林所得及び譲渡所得以外の所得であることは当事者間に争いがない。したがって,本件競馬所得が,同法34条1項にいう「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」に該当するのであれば,一時所得ではなく雑所得に区分されるものと解される。

    

 

そして,「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」であるか否かは,文理に照らし,

 

行為の期間,回数,頻度その他の態様,利益発生の規模,期間その他の状況等の事情を総合考慮して判断するのが相当であり,

 

馬券の的中による払戻金に係る所得の本来的な性質が一時的,偶発的な所得であるとの一事から「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」には当たらないと解釈すべきではないものと解される(別件最高裁判決参照)。

  

 

(2) 前記引用の前提事実及び証拠(甲18~甲20)によれば,本件の事実関係の概要は次のとおりと認められる。

    

 

控訴人は,自宅のパソコン,携帯電話等を用いたインターネットを介しての馬券の購入が可能で購入代金及び的中馬券の払戻金の決済を銀行口座で行うことができるというJRAが提供するサービス(A-PAT)を利用し,

 

平成17年から平成22年までの6年間にわたり,各節に開催される中央競馬のレースについて,各節当たりおおむね数百万円から数千万円,1年当たり3億円から21億円程度の馬券を購入し続けていた。

 

JRAに記録が残る平成21年の1年間においては,控訴人は,同年中に開催された中央競馬の全レース3453レースのうち2445レース(全レースの71%)で馬券を購入し,

 

そのうちの的中したレースでは,平均して2~3種類の勝馬投票法に係る馬券を的中させていた。

 

このような馬券の購入により,控訴人は,

 

平成17年に約1800万円,

 

平成18年に約5800万円,

 

平成19年に約1億2000万円,

 

平成20年に約1億円,

 

平成21年に約2億円,平成22年に約5500万円の利益

 

(的中馬券の払戻金の合計額が外れ馬券を含む全ての有効馬券の購入代金の合計額を上回る額)

 

を上げており,いずれの年の回収率(外れ馬券を含む全ての有効馬券の購入代金の合計額に対する的中馬券の払戻金の合計額の比率)も100%を超えていた。

  

 

 

(3) 控訴人の陳述書(甲4,甲18)によれば,控訴人の馬券購入方法の概要は次のとおりである。

    

 

JRAに登録された全ての競走馬の特徴

 

(潜在能力,距離適性,馬場適性,競馬場適性,道悪の巧拙,器用さ,性格,癖等),

 

騎手の特徴

 

(馬を動かす技術,馬を制御する技術,コース取りの技術,位置取りのセンス,ゲートを出す技術,勝負強さ,冷静さ,集中力,手抜きの頻度等),

 

 

競馬場のコースごとのレース傾向等に関する情報を継続的に収集,蓄積する。

 

 

そして,その情報を自ら分析して評価し,レースごとに,

 

① 馬の能力,

 

② 騎手(技術),

 

③ コース適性,

 

④ 枠順(ゲート番号),

 

⑤ 馬場状態への適性,

 

⑥ レース展開,

 

⑦ これらの補正,

 

⑧ その日の馬のコンディション等の考慮要素について各競走馬を評価,比較することにより,

 

 

レースの着順を予想する。その上で,予想の確度の高低と予想が的中した際の配当金額(オッズ)の大小との組合せにより自ら定めた購入パターン

 

(A~Dの4つの基本パターンと,

 

更に基本パターンAを細分化した9つの詳細パターン,

 

基本パターンBを細分化した3つの詳細パターンがあり,

 

基本パターンDは馬券の購入を諦めるというもの)

 

に従い,当該レースにおける馬券の購入金額,購入する馬券の種類及び割合等を決定する。

 

馬券購入の回数及び頻度は,

 

運による影響を減殺するために,

 

年間を通じてほぼ全てのレースで馬券を購入することを目標とし,

 

上記の購入パターンを適宜併用することで,年間トータルでの収支がプラスになるように工夫する。

  

 

 

(4) 前記前提事実のとおり,中央競馬における馬券の的中による払戻金は,

 

勝馬投票法の種類ごとに,勝馬投票の的中者に対し,重勝式勝馬投票法において加算金がある場合(いわゆるキャリーオーバー)を除いて,

 

その競走についての馬券の売得金の総額よりも少ない金額の払戻対象総額を,

 

当該勝馬に対する各馬券(的中馬券)に按分して交付するものである

 

(この点は,平成17年ないし平成22年当時の競馬法の下においても,同様である。)。

 

したがって,勝馬投票法の種類ごとの各馬若しくは枠番号又はこれらの組合せのそれぞれの得票率(人気)が当該馬等が勝馬になる確率に等しいと仮定すると,

 

各馬券の購入代金に対する払戻金の期待値の比率(以下「期待回収率」という。)は,

 

その競走についての馬券の売得金の総額に対する払戻対象総額の比率(以下「払戻率」という。)と等しくなり,

 

その値は100%より小さい値となる。

 

 

例えば,あるレースの単勝式勝馬投票法の払戻率が80%であり,同投票法によるある馬の得票率が20%であったとすると,その馬の馬券の購入代金に対する当該馬券が的中した時の払戻金の比率(いわゆるオッズ)は400%(4倍。100×0.8÷0.2)となるが,

 

当該馬が勝馬となる確率を得票率と同じ20%と仮定すると,当該馬券の期待回収率は80%(400×0.2)となり払戻率と等しくなる。

    

 

しかしながら,実際のレースにおいては,ある馬等の得票率とその馬等が勝馬になる真の確率とが乖離するために,

 

期待回収率が100%を超える馬券が存在し得るものと解される。

 

例えば,上記の例で,当該馬が勝馬となる真の確率が30%であったとすると,当該馬券のオッズは400%(4倍)のままであるが,

 

期待回収率は120%(400×0.3)となり100%を超えることになる。

 

そして,仮に,十分に多数のレースにおいて,期待回収率が100%を超える馬券を選別することができ,

 

これを購入し続けることができれば,

 

現実の回収率も100%を超える値に収束し,恒常的に利益を得ることができるようになる可能性が高まるものと解される。

    

 

これに対し,全く無作為に又は期待回収率が100%を超える馬券を十分に選別できないままに馬券を購入し続けたとしても,現実の回収率が収束する値は100%に満たない払戻率に近い値にとどまり,恒常的に利益を得ることはできないものと解される。

  

 

 

(5) これを本件についてみると,前記(2)のとおり,控訴人は,平成17年から平成22年までの6年間にわたり,多数の中央競馬のレースにおいて,各レースごとに単一又は複数の種類の馬券を購入し続けていたにもかかわらず,

 

上記各年における回収率がいずれも100%を超え,

 

多額の利益を恒常的に得ていたことが認められるのであり,

 

この事実は,控訴人において,期待回収率が100%を超える馬券を有効に選別し得る何らかのノウハウを有していたことを推認させるものである。

 

 

そして,このような観点からすれば,控訴人が具体的な馬券の購入を裏付ける資料を保存していないため,

 

具体的な購入馬券を特定することはできないものの,

 

馬券の購入方法に関する前記(3)のとおりの控訴人の陳述をにわかに排斥することは困難であり,

 

控訴人は,おおむね前記(3)のとおりの方法により,その有するノウハウを駆使し,十分に多数のレースにおいて期待回収率が100%を超える馬券の選別に成功したことにより,上記のとおり多額の利益を恒常的に得ることができたものと認められる。

    

 

以上を要するに,控訴人は,期待回収率が100%を超える馬券を有効に選別し得る独自のノウハウに基づいて長期間にわたり多数回かつ頻繁に当該選別に係る馬券の網羅的な購入をして100%を超える回収率を実現することにより多額の利益を恒常的に上げていたものであり,

 

このような一連の馬券の購入は一体の経済活動の実態を有するということができる。

 

 

なお,別件最高裁判決に係る別件当事者による馬券の購入状況等は,

 

原判決23頁6行目から26頁1行目までに記載のとおり(ただし,原判決23頁12行目の「原告」を「別件当事者」に改める。)と認められるが,

 

これによれば,別件当事者が馬券を自動的に購入するソフトを使用する際に用いた独自の条件設定と計算式も,期待回収率が100%を超える馬券を有効に選別し得る独自のノウハウといい得るものであり,控訴人と別件当事者の馬券の購入方法に本質的な違いはないものと認められる。

    

 

したがって,本件競馬所得は,「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」として,一時所得ではなく雑所得に該当するというべきである。

 

 

 

 

3 本件競馬所得に係る所得の金額の計算上控除すべき馬券の購入代金の範囲について

   

雑所得については,所得税法37条1項の必要経費に当たる費用は,同法35条2項2号により,雑所得(公的年金等に係るものを除く。)に係る総収入金額から控除される。本件においては,控訴人の馬券の購入の実態は,前記のとおりの大量的かつ網羅的な購入であって,個々の馬券の購入に分解して観察すべきものではなく,外れ馬券を含む一連の馬券の購入が一体の経済活動の実態を有するのであるから,的中馬券の購入代金の費用のみならず,外れ馬券を含む全ての馬券の購入代金の費用が,的中馬券の払戻金という収入に対応するものとして,同法37条1項の必要経費に当たると解するのが相当である(別件最高裁判決参照)。

   

したがって,雑所得に該当する本件競馬所得に係る所得の金額の計算においては,その総収入金額から外れ馬券を含む全ての馬券の購入代金を必要経費として控除することができるというべきである。

 

 

4 本件各処分の適法性について

   

以上によれば,本件競馬所得が一時所得に該当し,その総収入金額から外れ馬券の購入代金を控除することができないとする被控訴人の主張は理由がなく,控訴人の確定申告額を超える総所得金額及び納付すべき税額についての証明がないことに帰するから,本件各更正処分のうち総所得金額及び納付すべき税額が確定申告額を超える部分並びに本件各賦課決定処分は,いずれも違法な処分として取消しを免れない。

 

 

5 よって,原判決を取り消し,控訴人の請求をいずれも認容することとして,主文のとおり判決する。

 

 

    東京高等裁判所第7民事部

        裁判長裁判官  菊池洋一

           裁判官  古田孝夫

           裁判官  工藤 正