取締役が任期変更の定款変更により退任させられた事件

 

 

 

 

 東京地方裁判所判決/平成25年(ワ)第17534号、判決 平成27年6月29日、 判例時報2274号113頁について検討します。

 

 

 

 

【判示事項】 取締役の任期変更の定款変更により取締役から退任させられたことにつき、会社法三三九条二項の類推適用により、定款が変更された日から本来の任期の満了日までの得べかりし取締役報酬相当額の損害賠償を認めた事例 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

主   文

 

  

一 被告は、原告甲野松夫に対し、六九六万四八〇〇円及びこれに対する平成二五年七月一九日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

  

二 被告は、原告甲野松夫に対し、平成二五年七月から本判決確定の日まで毎月二五日限り八〇万五〇〇〇円の割合による金員及びこれらに対する各支払期日の翌日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

  

三 被告は、原告甲野松夫に対し、七〇八万円及びこれに対する平成二三年一月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

  

四 被告は、原告甲野太郎に対し、一四四〇万円及びこれに対する平成二三年一月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

  

五 原告甲野松夫の主位的請求のうち、原告甲野松夫が被告の財務経理部部長兼総務人事部部長たる労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求める部分を却下する。

  

六 原告甲野太郎の主位的請求及びその余の予備的請求を、原告甲野松夫のその余の主位的請求及びその余の予備的請求をいずれも棄却する。

  

七 訴訟費用は、これを六分し、その二を原告甲野太郎、その一を原告甲野松夫、その余を被告の負担とする。

  

八 この判決は、第一項ないし第四項に限り、仮に執行することができる。

 

 

 

        

 

事実及び理由

 

 

 

第一 請求

  

 

一 主位的請求

  

(1) 原告甲野太郎及び原告甲野松夫が被告の取締役の地位にあることを確認する。

  

(2) 被告は、原告甲野太郎が、平成二三年一月二〇日被告の取締役を退任した旨の変更登記の抹消登記手続をせよ。

  

(3) 被告は、原告甲野松夫が、平成二三年一月二〇日被告の取締役を退任した旨の変更登記の抹消登記手続をせよ。

  

(4) 被告は、原告甲野太郎に対し、一七四〇万円及びこれに対する平成二五年七月一九日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

  

(5) 被告は、原告甲野太郎に対し、平成二五年七月から本判決確定の日まで毎月二五日限り六〇万円の割合による金員及びこれらに対する各支払期日の翌日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

  

(6) 原告甲野松夫は、被告において、財務経理部部長兼総務人事部部長たる労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

  

(7) 被告は、原告甲野松夫に対し、一四〇四万四八〇〇円及びこれに対する平成二五年七月一九日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

  

(8) 被告は、原告甲野松夫に対し、平成二五年七月から本判決確定の日まで毎月二五日限り一一〇万円の割合による金員及びこれらに対する各支払期日の翌日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

  

 

 

 

 

二 予備的請求

  

(1) 被告は、原告甲野太郎に対し、三九二〇万円及びこれに対する平成二三年一月二一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

  

(2) 上記一(6)に同じ。

  

(3) 被告は、原告甲野松夫に対し、一九二七万三三三三円及びこれに対する平成二三年一月二一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

  

(4) 主文第一項、第二項に同じ。

 

 

 

 第二 事案の概要

  本件は、被告らの取締役であったと主張する原告らが、被告に対し、(1)主位的には、①原告らが取締役の地位にあることの確認(主位的請求(1))、②取締役の退任登記の抹消登記手続(主位的請求(2)、(3))、③取締役の地位に基づき、原告甲野太郎(以下「原告太郎」という。)につき平成二三年二月から平成二五年六月までの未払の取締役報酬、原告甲野松夫(以下「原告松夫」という。)につき平成二三年七月から平成二五年六月までの未払の取締役報酬及びこれらに対する訴状送達の日の翌日である平成二五年七月一九日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払(原告太郎につき主位的請求(4)、原告松夫につき主位的請求(7)。ただし、原告松夫については後記⑤の未払賃金との合計額である。)並びに同年七月から本判決確定の日まで毎月二五日限り原告太郎につき月額六〇万円、原告松夫につき月額二九万五〇〇〇円の割合による各取締役報酬及びこれに対する各支払期日の翌日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払(原告太郎につき主位的請求(5)、原告松夫につき主位的請求(8)。ただし、原告松夫については後記⑤の賃金との合計額である。)、④原告松夫につき、同人を被告の財務経理部部長兼総務人事部部長から財務課主任に降格する処分は権利の濫用であり、無効であると主張して、同人が被告の財務経理部部長兼総務人事部部長たる労働契約上の権利を有する地位にあることの確認(主位的請求(6))、⑤原告松夫に対する二回にわたる減給処分は無効であると主張して、減給前の賃金を基準とした平成二三年七月から平成二五年六月までの未払賃金及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成二五年七月一九日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払(主位的請求(7))。ただし、上記③の未払取締役報酬との合計額である。)並びに同年七月から本判決確定の日まで毎月二五日限り月額八〇万五〇〇〇円の割合による賃金及びこれらに対する各支払期日の翌日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払(主位的請求(8)。ただし、上記③の取締役報酬との合計額である。)を求め、(2)予備的には、①取締役の任期を一〇年から一年に変更する旨の定款変更によって原告らが被告の取締役から退任させられたことにつき、会社法三三九条二項の類推適用により、平成二三年一月二一日から本来の任期の満了日である平成二八年六月末日までの得べかりし取締役報酬相当額として、原告太郎につき合計三九二〇万円、原告松夫につき合計一九二七万三三三三円の損害賠償金及びこれらに対する上記退任日の翌日である平成二三年一月二一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払(予備的請求(1)、(3))、②原告松夫につき、上記(1)④と同様の確認(予備的請求(2))、③上記(1)⑤と同じく原告松夫の減給前の賃金を基準とした平成二三年七月から平成二五年六月までの未払賃金及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成二五年七月一九日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金並びに同年七月から本判決確定の日まで毎月二五日限り月額八〇万五〇〇〇円の割合による賃金及びこれらに対する各支払期日の翌日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払(予備的請求(4))を求める事案である。

  

 

一 前提事実〈編注・本誌では証拠の表示は省略ないし割愛します〉

  

(1) 当事者

  

ア 被告は、亡甲野竹夫(平成二〇年七月一〇日死亡。以下「亡竹夫」という。)によって平成七年九月二八日に設立された、総合靴、ユニフォームの販売並びに各種ユニフォームのレンタル、リース及びクリーニング等を目的とする株式会社であり、その代表取締役は、設立時から平成二〇年七月一〇日まで亡竹夫、同月一一日から丙川梅夫(以下「梅夫」という。)である。

  

イ 原告太郎は、公認会計士及び税理士の資格を有しており、平成一〇年八月二五日から平成二〇年五月二四日まで被告の監査役を務めた後、同日から平成二三年一月二〇日まで被告の取締役の地位にあったものとして登記されている者である。

  

ウ 原告松夫は、原告太郎の子であり、平成一八年九月、被告に従業員として入社し、平成二〇年五月二四日から平成二三年一月二〇日まで被告の取締役の地位にあったものとして登記されている者である。

  

エ 亡竹夫、梅夫及び原告らなどの本件関係者の親族関係は、別紙親族関係図に記載のとおりである。

  

 

 

(2) 取締役選任決議

 

  被告は、平成二〇年五月二四日開催の臨時株主総会において、原告らを取締役に選任する旨の決議がされたものとして、その旨の登記をした。

 

  その当時の被告の株主構成は、発行済株式総数一六〇〇株のうち、亡竹夫が一四九三株、梅夫が一〇七株を有する状況にあった。

 

  

(3) 取締役報酬の支払

  被告は、平成二〇年六月分から平成二三年一月分までの取締役報酬として、原告太郎につき月額六〇万円、原告松夫につき月額二九万五〇〇〇円の各報酬をそれぞれ支払った。

  

(4) 原告松夫の昇格及び昇給

  被告は、経理部主任であった原告松夫を、平成二〇年六月に財務経理部部長、同年七月に財務経理部部長兼総務人事部部長に順次昇格させ、月額三〇万五〇〇〇円であった賃金(基本給)を、同年八月分から月額七〇万五〇〇〇円(取締役報酬と合算して月額一〇〇万円)に、平成二一年七月分から月額八〇万五〇〇〇円(取締役報酬と合算して月額一一〇万円)にそれぞれ昇給させた。

  

(5) 取締役の任期に関する定款の定め

 

 被告の取締役の任期については、その定款において、選任後二年以内に終了する事業年度のうち最終のものに関する定時株主総会の終結の時までとされていたところ、平成一八年八月三〇日開催の定時株主総会において、その期間が選任後一〇年以内へと変更され、さらに、平成二三年一月二〇日開催の臨時株主総会において、選任後一年以内へと変更された(以下、後者の定款変更を「本件定款変更」という。)。

  

(6) 原告らの取締役からの退任の登記

 

  被告は、本件定款変更に伴い、原告らの取締役の任期がすでに満了したとして、原告らが取締役を退任したものとして扱い、平成二三年一月二〇日付けで原告らが取締役を退任した旨の登記をした。

  なお、本件定款変更がなかった場合、原告らの取締役としての任期の終期は、早くても平成二八年六月末日であった。

  

 

(7) 被告における賃金の定め

 

 被告の就業規則には、「社員に対する給与及び賞与に関する事項は、別途賃金規程に定める。」(第四五条)、被告の賃金規程には、「月額給与額は、各個人の職務の内容、能力、経験等を考慮の上、各個人ごとに決定する。」(第一五条)、「月額給与額の更改は、原則として毎年一回、七月一日に更改するものとする。但し、会社の業績に応じてはこの更改を行わないことがある。」(第一六条)という定めがある。

  

(8) 原告松夫に対する降格及び減給処分

  被告は、原告松夫に対し、平成二三年七月、職務上の地位を財務経理部部長兼総務人事部部長から財務経理部財務主任に降格する旨の処分(以下「本件降格処分」という。)をするとともに、その賃金を月額八〇万五〇〇〇円から五七万二〇〇〇円へと減給する旨の処分(以下「本件減給処分一」という。)をし、平成二四年七月、これをさらに月額四五万七六〇〇円へと減給する旨の処分(以下「本件減給処分二」という。)をした(以下、本件減給処分一及び二を併せて「本件各減給処分」、本件各減給処分と本件降格処分を併せて「本件各処分」という。)。

  

 

二 争点

  

(1) 原告らを取締役に選任する旨の株主総会の決議の存否

  

(2) 本件定款変更によって原告らは当然に被告の取締役から退任するか

 

(3) 本件各処分の適法性

  

(4) 原告らを取締役から退任させ、再任しなかったことに基づく損害賠償請求の可否及びその損害額

  

 

 

 

 

三 争点に関する当事者の主張

  

(1) 原告らを取締役に選任する旨の株主総会の決議の存否

  

(原告らの主張)

  被告の代表取締役であった亡竹夫は、膵臓がんを患って、平成二〇年五月一九日から丁原病院(以下「丁原病院」という。)に入院したところ、万一の場合に備えて、その妻である甲野花子(以下「花子」という。)の生活や被告の経営に必要な事項について決めておくため、同月二一日、その病室に、当時の被告の取締役であり、被告の株主でもあった梅夫、被告の取締役であった甲野秋夫(以下「秋夫」という。)、監査役であった原告太郎、取締役選任予定の原告松夫、監査役選任予定の花子を呼び寄せて株主総会(以下「本件株主総会」という。)を開催し、花子を被告の監査役に選任する旨の決議のほか、原告太郎、原告松夫を被告の取締役に選任する旨の決議(以下「本件取締役選任決議」という。)を行った。なお、本件株主総会議事録には、開催日につき平成二〇年五月二四日、場所につき被告本店会議室と記載されているが、これらは誤記であり、上記のとおり、実際の開催日は同月二一日、場所は丁原病院である。

  

(被告の主張)

  本件株主総会は物理的に開催されておらず、原告らを取締役に選任する旨の本件取締役選任決議は不存在である。すなわち、末期の膵臓がんを患って丁原病院に入院していた亡竹夫は、平成二〇年五月二一日当時、投薬の影響もあって意識が不明瞭な状態が続き、会話もうまくできない状況にあった。そのような状況においては、およそ亡竹夫を出席者とする株主総会が開催できるはずもない。その後、同年七月一〇日に亡竹夫は死亡している。原告らは、本件株主総会には株主である亡竹夫、梅夫のほか、役員であった原告太郎、秋夫、役員候補者であった原告松夫、花子が出席したと主張し、本件株主総会議事録の記載もこれに沿うが、秋夫や花子は本件株主総会に出席していない。本件株主総会議事録は、株主総会が開催されていないにもかかわらず、原告らがそれぞれ取締役に選任されたことを装うために勝手に作成し、それに基づいて取締役選任の登記をしたものと考えられる。

  

(2) 本件定款変更によって原告らは被告の取締役から退任するか

 

(原告らの主張)

  原告らの取締役の任期は、平成二八年開催予定の被告の定時株主総会終結時(早くても平成二八年六月末日)までであったところ、取締役の任期途中において、その任期に関する定款の規定を変更したとしても、当該取締役が承諾しない限り、すでに成立している会社と取締役との間の委任契約関係を当然に変更する効力はないというべきである。そして、原告らが取締役の任期の変更について承諾したことはないから、原告らは、本件定款変更によっても取締役から退任することはなく、現在もなお取締役としての地位を有するというべきである。

  

(被告の主張)

  仮に本件取締役選任会議が存在し、原告らが被告の取締役に選任されていたとしても、取締役の任期途中において、その任期に関する定款が変更された場合、変更後の規定が当然に適用されると解されるから、平成二三年一月二〇日付けで本件定款変更がされたことにより、被告の取締役の任期は一〇年から一年へと変更され、原告らの取締役の任期は同決議の時点においてすでに満了し、原告らは同決議の日においてその取締役を退任したことになるというべきである。

  したがって、原告らは被告の取締役の地位にはない。

  

 

(3) 本件各処分の適法性

  

(被告の主張)

 

  ア 本件各処分の根拠規定等について

 原告松夫に対する本件降格処分は、毎年決算期において行われる人事考課の結果を受け、被告の人事権行使の一環としてなされたものであり、就業規則等に根拠規定がなくても裁量的判断により行うことが可能である。また、本件減給処分一は、本件降格処分に伴い、被告の就業規則第四五条、賃金規程第一五条及び第一六条に基づいてなされたものであり、本件減給処分二は、降格処分に伴うものではないが、上記各規定に基づいてなされたものである。賃金規程第一六条(前記前提事実(5))の「更改」には、昇給もあれば減給も含まれると考えられるのであり、滅給の根拠となるものである。

 

  イ 本件各処分の適法性について

 本件各処分は、原告松夫の次の勤務状況等にかんがみてなされたものであり、被告の有する裁量権の範囲内のものとして適法かつ有効なものである。

 

   (ア) 被告における従業員の勤務時間は、始業時間が午前九時、終業時間が午後六時と定められており、出退勤の管理はタイムカードによりなされていたところ、原告松夫はこれを刻印しないことが常態であり、無断欠勤や遅刻が多く、外出したまま会社に戻らないことも頻発していた。

 

   (イ) 原告松夫は、亡竹夫の死後、同人が使用していた社用車(ベンツ)を無断で自己の通勤に使用していたところ、これを見かけた従業員は亡竹夫を思い出すことも多く、その士気の低下につながると考えられたことから、亡竹夫の死後に被告の代表取締役となった梅夫がこれを使用しないように三度にわたって注意をしたにも関わらず、その後も使用を継続した。

 

   (ウ) 原告松夫は、上記のとおり自動車で通勤していたにも関わらず、電車通勤である旨の申告をし、通勤手当を受け取っていた。

 

   (エ) 原告松夫は、被告名義のETCカードにつき、休日に利用するなど被告の業務外のために使用しており、さらに同カードを社用車以外の自動車にも利用していた。

 

   (オ) 原告松夫は、亡竹夫の死後、その相続人である花子から、被告の株式の一部である二〇〇株を買い受けており、その買受費用一〇〇〇万円は被告が原告松夫に貸し付けたものであるところ、その返済は原告松夫に対する給与から月額一〇万円を相殺することになっていたのに、平成二三年一月以降、原告松夫の独断により相殺による返済を停止させ、残債務が五六〇万円あるにもかかわらず、一切の返済を行っていない。

 

 

 

  (原告松夫の主張)

 

  ア 本件各処分に明文の根拠がないこと

 本件各処分は、従業員の労働条件を一方的に不利益に変更するものであるから、人事権の行使として使用者の裁量で行うことができるものではなく、就業規則等の明文の根拠が必要であるところ、被告の就業規則等に従業員の降格や減給を行うことができる旨の規定はないから、本件各処分は、明文の根拠なく行われたものとして無効である。被告が主張する就業規則第四五条、賃金規程第一五条及び第一六条は、従業員に対する減給処分の根拠となるものではない。

 

  イ 本件各処分が権利の濫用であること

 仮に明文の根拠なく降格や減給の処分をすることができるとしても、それらの処分にあたっては、事前に処分理由を告げて弁解の機会が与えられるべきであったのに、それはなされなかった。また、本件各処分は、次のとおり実質的にも理由がないから、権利の濫用であって無効である。

  すなわち、被告は、原告松夫が被告の就業規則における就業時間を遵守しなかったと主張するが、原告松夫は、本件降格処分前は被告の財務経理部部長兼総務人事部部長として、「監督若しくは管理の地位にある者」に該当することから、就業規則上の労働時間の規則は適用されず、被告から出退勤の管理を受ける立場になかった。したがって、原告松夫の出退勤に関する事項は、本件各処分の理由にはならない。

  また、亡竹夫が使用していた社用車について、原告松夫が自己の通勤に使用することがあったこと、被告名義のETCカードを休日に使用することがあったことは認める。しかしながら、原告松夫は、被告からの管理保管委託契約に基づいて上記社用車を使用していたものであり、これを無断で使用していたものではない。また、原告松夫が休日に被告名義のETCカードを使用したのは、取引先とのゴルフ等、被告に関連する目的のためであり、何ら不当なものではない。さらに、原告松夫は、本件降格処分前には通勤手当を受け取っていない。

  亡竹夫の死後、原告松夫が花子から被告の株式二〇〇株を買い受けたこと、その費用一〇〇〇万円を被告から借り入れ、これを原告松夫の給与から月額一〇万円ずつ相殺する形で返済していたものの、平成二三年一月以降はこれを返済していないことは認める。しかしながら、その返済の留保は、原告松夫の財務経理部部長兼総務人事部部長としての職務の遂行とは関連性がなく、本件各処分の理由とはならない。仮にこれが理由となり得るとしても、原告松夫が上記の株式を買い受けたのは、原告松夫が被告の取締役として経営を担うことを前提としていたのに、被告の代表取締役である梅夫が原告らを不当に経営から排除したため、一時的に返済を留保しているにすぎないものであって、その返済の留保には正当な理由がある。

 

  

 

 

 

 

(4) 原告らを取締役から退任させ、再任しなかったことに基づく損害賠償請求の可否及びその損害額

 

  (原告らの主張)

  仮に本件定款変更によって原告らが当然に取締役から退任することになるとしても、その退任によって取締役に生じた損害について、取締役は解任の場合に準じ、会社法三三九条二項の類推適用により、会社に対して損害賠償を請求することができると解される。そうすると、被告は、原告らが退任した日の翌日である平成二三年一月二一日から、本件定款変更前の取締役としての任期の終期である平成二八年六月三〇日までの取締役報酬(六五か月及び三分の一か月分)として、原告太郎については三九二〇万円(六〇万円×(六五か月+一/三か月)=三九二〇万円)、原告松夫については一九二七万三三三三円(二九万五〇〇〇円×(六五か月+一/三か月)=一九二七万三三三三円)の損害賠償金を支払うべきである。

 

  (被告の主張)

  本件定款変更には、次のとおり正当な理由があるから、被告は原告らに対して損害賠償責任を負わない。

  すなわち、被告の取締役は、平成二三年一月二〇日時点において、その全員が親族関係にあり、その任期は一〇年とされ、あと五年以上も任期が残っていたため、取締役会は形骸化していた。そして、原告らからは、花子の所有する被告の株式を花子から買い取るべきである、会社が安定しているうちに会社を売却した方が良いといった意見や、理由のない人事提案がなされるなどしており、実質的な経営についての話ができない状況となっていた。そのため、被告の取締役会の活性化を図り、経営体質を強化して、経営環境の急激な変化に対応するために、取締役の任期を一〇年から一年に変更する旨の本件定款変更を行ったものである。そして、原告太郎については、非常勤の取締役であり、積極的に被告の経営に携わっておらず、被告を取り巻く厳しい競争環境等に対する積極的、生産的な意見な期待できず、単に親族関係にあるというのみで取締役に再任する状況にはなかったこと、原告松夫については、上記(3)(被告の主張)イのとおり、取締役として不適切な事情があったことから、原告らをいずれも再任せず、被告の営業実務に通暁した営業本部長の戊田春夫、事務管理部門を統括する管理本部長の甲田夏夫を新たな取締役として選任したものである。

  このように、本件定款変更には正当な理由がある。

 

 

 

 

 第三 当裁判所の判断

  

一 争点(1)(原告らを取締役に選任する旨の株主総会の決議の存否)について

 

(1) 認定事実

  前記前提事実に加え、《証拠略》によれば、次の各事実が認められる。

  

ア 原告らと亡竹夫との関係等

   

(ア) 原告太郎と亡竹夫とは、叔父と甥の関係にあり、亡竹夫が幼いころに同居していたこともあって、親しい間柄にあった。

   

(イ) 平成七年に亡竹夫が被告を設立するにあたり、亡竹夫から公認会計士及び税理士であった原告太郎に対して被告の経理業務全般を見てほしいという要請があったことから、原告太郎は、その経営する会計事務所において被告の経理業務を受託することとした。

   

(ウ) その後、亡竹夫から原告太郎に対して監査役として被告に関与してほしいという要請があったことから、平成一〇年、原告太郎は被告の監査役に就任した。

   

(エ) 平成一四年、亡竹夫は、その従兄弟である梅夫を被告の取締役に就任させ、以後、被告の役員構成は、その代表取締役が亡竹夫、取締役が亡竹夫の弟である秋夫と従兄弟である梅夫、その監査役が叔父である原告太郎となり、代表取締役である亡竹夫の親族によって占められることとなった。もっとも、亡竹夫が後記のとおり入院するまでの間、取締役会と称する正式な会合が開催されたことはなく、被告の経営に関する重要な事項については、ほとんど亡竹夫が決定していた。

   

(オ) 平成一八年になると、原告太郎の会計事務所で働いていた原告松夫が被告に入社し、平成一九年には、被告の子会社である株式会社乙野の取締役にも就任した。

  

 

イ 亡竹夫の入院と原告らの取締役就任登記

   

(ア) 亡竹夫の入院

  亡竹夫は、膵臓がんを患い、平成二〇年四月二四日から丁原病院に入院し、同年五月一五日に一旦退院したものの、同月二〇日、再び同病院に入院した。そして、同日、同病院の医師から、亡竹夫の妻である花子に対して、亡竹夫の余命が同年四月から二、三か月間である旨の告知がなされ、亡竹夫も、自身の余命について認識するに至った。

   

(イ) 花子及び原告らの役員就任登記

  亡竹夫は、妻の花子と二人の子の生活のために、その生前に花子を被告の監査役に就任させて被告から監査役報酬を支払うことを希望し、これを受けて、被告は、平成二〇年五月二四日付けで花子を被告の監査役に選任した旨の登記を行い、同年七月から花子に対して監査役報酬を支払った。また、被告は、それと併せて同年五月二四日付けで原告太郎及び原告松夫を被告の取締役に選任した旨の登記を行った。

  なお、平成二〇年五月当時、被告の発行済株式総数一六〇〇株のうち、亡竹夫が一四九三株、梅夫が一〇七株の株式をそれぞれ有していた。

  

 

 

ウ その後の事実経過

   

(ア) 花子からのメール

 花子は、原告松夫に対し、平成二〇年六月一一日、監査役報酬の振込先口座を知らせる旨のメールを送信し、同年七月六日、亡竹夫に万一のことがあった場合、月額二〇万円の監査役報酬では子どもを育てていくことが不安である旨のメールを送信した。

   

(イ) 被告の組織図の記載

  被告の平成二〇年七月一日付け組織図には、亡竹夫、梅夫に加え、原告太郎及び原告松夫が被告の取締役である旨の記載がされている。

   

(ウ) 亡竹夫の死亡

  亡竹夫は、平成二〇年七月一〇日死亡した。

   

(エ) 梅夫の代表取締役選任

  被告は、その翌日である同月一一日、取締役会を開催し、梅夫及び原告らが出席の上、梅夫を被告の代表取締役に選任する旨の決議をした。

   

(オ) 取締役会の開催

  梅夫及び原告らは、その後も被告の重要事項について決定する必要があるときは、梅夫及び原告らが出席の上で、随時、取締役会を開催していた。

   

(カ) 取締役報酬の支払

  被告は、原告らの取締役報酬として、平成二〇年六月分から平成二三年一月分まで、毎月、原告太郎につき六〇万円、原告松夫につき月額二九万五〇〇〇円(なお、原告松夫に対する実際の支給額は、その従業員部分の賃金と併せて合計一〇〇万円ないし一一〇万円)を支払った。

   

(キ) 花子からの株式の買取

  亡竹夫が有していた被告の株式は花子がすべて相続したところ、梅夫及び原告らは、実際に取締役として経営に関与している者が株式の一部を保有すべきであると考えたことや、花子の生活支援という趣旨もあって、花子から、その保有する株式のうち、梅夫が四九三株、原告らが二〇〇株ずつを一株五万円で購入した。

  

 

エ 辞任の求め

 その後、梅夫と原告らとは、被告の経営等を巡って意見が対立し、平成二二年一一月及び同年一二月には、梅夫が原告松夫に対して被告の取締役から辞任するよう求めたが、原告松夫はこれに応じなかった。

  

オ 本件定款変更

  被告は、平成二三年一月二〇日、臨時株主総会を開催して、取締役の任期を一〇年から一年に短縮する旨の本件定款変更に関する決議を行い、同日付けで原告らが被告の取締役から退任したと扱ったうえで、原告らを被告の取締役として再任せず、原告らに代わる新たな取締役二名を別途選任した。

  

カ 原告らが取締役の地位にあったことについての梅夫らの対応

  平成二五年七月三日に本件訴訟が提起されるまでの間、梅夫を含めた被告の関係者から、原告らが被告の取締役の地位にあったことについて異議が出されたことはなかった。

  

 

(2) 本件取締役選任決議の存否について

 

 ア 原告らは、平成二〇年五月二一日、亡竹夫が入院していた丁原病院において本件株主総会が開催され、原告らを被告の取締役に選任する旨の本件取締役選任決議がなされた旨主張し、原告らの供述及び陳述もこれに沿う。

  この点、同日時点における被告の株主が亡竹夫と梅夫の二名であったことは前記認定のとおりであり、その二名が出席すれば、いわゆる全員出席総会として有効に株主総会の決議が成立することになる。そこで、本件取締役選任決議が存在するか否かについては、亡竹夫が平成二〇年五月当時におかれていた状況や、その前後の事実経過及びそれらから窺われる亡竹夫及び梅夫の合理的意思等を総合的に考慮して判断することが相当である。

  そこで検討するに、亡竹夫は、平成二〇年五月当時、末期の膵臓がんに罹患していて、余命が残りわずかであると認識していたことからすれば、今後の家族の生活のために花子を被告の監査役に就任させることに加えて、被告の安定的な経営のために、自分の後任の取締役をあらかじめ選任しておこうと考えていたことを推認することができる。そして、被告の取締役は、それまですべて亡竹夫の親族によって構成されていたこと、原告太郎は亡竹夫の叔父であり、亡竹夫と親しい関係にあったこと、原告太郎は被告の設立時から公認会計士及び税理士として被告の経理業務に関与し、平成一〇年からは被告の監査役を務めていたこと、花子を監査役に選任すると、原告太郎を監査役のままにしておく必要がなくなること、原告松夫は原告太郎の子であり、平成一八年に経理担当として被告に入社し、平成一九年には被告の子会社の取締役に就任していたことはいずれも前記に認定したとおりであり、これらによれば、亡竹夫において、原告太郎及び原告松夫を自分の後任の取締役に選任する意思を有していたと推認することには合理性がある。

  一方、前記認定事実によれば、梅夫は、亡竹夫が病に倒れるまで亡竹夫の下で被告の取締役として働いており、亡竹夫の考えに反対するような意思を有していなかったと推認されること、前記(1)ウないしオに認定したとおり、平成二〇年七月以降は原告らが取締役の地位にあることを前提として行動していたことからすれば、梅夫においても、亡竹夫が原告らを取締役として選任する意思を有していたことを認識してこれを許容していたと推認することができる。以上によれば、亡竹夫及び梅夫が出席した上で本件株主総会が開催され、本件取締役選任決議が行われたことを推認することができるというべきであり、原告太郎の手帳の記載並びに原告らの供述及び陳述に照らせば、本件株主総会は、平成二〇年五月二一日の午後、丁原病院で開催されたと認めることが相当である。

 

  イ 上記認定に対し、梅夫及び花子は、本件株主総会が開催されたことはなく、本件取締役選任決議が行われたこともない旨供述する。

  しかしながら、前記認定のとおり、梅夫及び花子は本件株主総会及び本件取締役選任決議が存在するという前提で行動していたことは明らかであるといえるから、梅夫及び花子の上記供述を信用することはできない。

 

  ウ また、上記アの認定に対し、被告は次のとおり主張するが、いずれも採用できない。

 

   (ア) 被告は、原告太郎が作成した本件株主総会の議事録には、その開催日時、場所について、原告らの主張と異なる記載がされていることからすると、実際には本件株主総会が開催されていなかったことが窺われる旨主張する。

  しかしながら、《証拠略》によれば、上記議事録は被告の役員変更登記申請を行うために作成されたものであって、株主総会の開催日時、場所については、その作成の際にさほど注意を払っていなかったものと認められるから、その記載に実態と齟齬している部分があったとしても、前記認定を左右するものとはいえない。

 

   (イ) 被告は、前記に認定した原告太郎の手帳の記載からは、原告太郎が丁原病院に行ったことは窺われるものの、株主総会が開催されたことまでは窺われないし、株主であった梅夫が同病院に行かなければ株主総会は開催できないのであるから、上記手帳の記載があるからといって、平成二〇年五月二一日に本件株主総会が開催されたことを推認することはできないと主張する。

  しかしながら、上記手帳には、その平成二〇年五月二一日午後の欄に「乙山社 丁原病院」という記載があることからすれば、原告太郎が被告に関する用件で丁原病院に行ったことが推認できるし、同日、梅夫において丁原病院を訪問することができなかったことを窺わせるに足りる事情も特に見受けられないから、被告の主張によっても前記推認は妨げられない。

 

   (ウ) 被告は、平成二〇年五月二一日の亡竹夫の入院診療録には「意識レベルに問題がある」という記載があり、投薬によって亡竹夫の意識及び行動に重大な影響が生じていたことが推認されるから、亡竹夫が本件株主総会を開催することは不可能であったはずである旨主張し、梅夫及び花子の供述もこれに沿う。

  この点、たしかに亡竹夫の入院診療録には、亡竹夫の意識及び行動に問題がある旨の記載が見られるところ、平成二〇年五月二一日におけるそのような問題行動は夜間又は早朝に限られており、睡眠剤による影響の可能性が高いという医師のコメントが記載されていること、亡竹夫は同月二三日から三日間にわたって病院からの一時外泊が認められていたことからすると、当時、日中の時間帯において亡竹夫が株主総会を開催することができないほどに意識レベルが低下していたとはいえないというべきである。

 

  (3) 以上によれば、亡竹夫及び梅夫によって本件取締役選任決議がなされたものと認められる。

  

 

 

二 争点(2)(本件定款変更によって原告らが被告の取締役から退任するか)について

 

 原告らが現在もなお被告の取締役の地位にあるといえるか否かは、取締役の任期を短縮する旨の本件定款変更によって原告らが被告の取締役から当然に退任することになるかに関わるところ、

 

 

取締役の任期途中において、その任期を短縮する旨の定款変更がなされた場合、その変更後の定款は在任中の取締役に対して当然に適用されると解することが相当であり、その変更後の任期によれば、すでに取締役の任期が満了している者については、上記定款変更の効力発生時において取締役から当然に退任すると解することが相当である。

  けだし、上記の定款変更は、取締役の解任と同様の効果を発生させるものであるところ、取締役はいつでも株主総会の決議によって解任することができるとされており(会社法三三九条一項)、他方、定款変更によって当然に退任させられた取締役の保護は、解任の場合と同様に、損害賠償によって図れば足りるというべきだからである。

 

  これによれば、平成二〇年五月二一日に取締役に選任された原告らは、平成二三年一月二〇日に取締役の任期を一〇年から一年に短縮する旨の本件定款変更がなされたことにより、同日、被告の取締役から当然に退任したことになるというべきである。その後、原告らが被告の株主総会において取締役に再任された事実は認められないから、結局、原告らが被告の取締役の地位にあるということはできない。

 

 

  三 争点(4)(原告らを取締役から退任させ、再任しなかったことに基づく損害賠償請求の可否及びその損害額)

  

(1) 会社法三三九条二項は、株主総会の決議によって解任された取締役は、その解任について正当な理由がある場合を除き、会社に対し、解任によって生じた損害の賠償を請求することができる旨定めているところ、その趣旨は、取締役の任期途中に任期を短縮する旨の定款変更がなされて本来の任期前に取締役から退任させられ、その後、取締役として再任されることがなかった者についても同様に当てはまるというべきであるから、そのような取締役は、会社が当該取締役を再任しなかったことについて正当な理由がある場合を除き、会社に対し、会社法三三九条二項の類推適用により、再任されなかったことによって生じた損害の賠償を請求することができると解すべきである。

 

 

  これを本件についてみると、原告らは、本件定款変更によって本来の任期よりも前に取締役から退任させられ、取締役として再任されることもなかったのであるから、被告が原告らを再任しなかったことについて正当な理由がある場合を除き、被告に対し、損害賠償を請求することができることとなる。

  

 

(2) そこで、被告が原告らを取締役として再任しなかったことについて、正当な理由があるか否かについて検討する。

 

  ア 被告は、(ア)平成二三年一月二〇日時点において、被告の取締役全員が親族関係にあり、取締役会が形骸化していたため、その活性化を図り、経営体質を強化して、経営環境の急激な変化に対応する必要があったこと、(イ)原告らから、①花子の所有する被告の株式を被告等が買い取るべきである、②被告の経営が安定しているうちに被告を売却した方が良い、といった意見や、③個人的な感情に基づく理由のない人事提案がなされたことによって、その取締役会において実質的な経営についての話ができない状況となっていたことから、原告らを取締役として再任せず、その親族以外の者を新たに取締役として選任した旨主張する。

 

  しかしながら、取締役全員が親族関係にあって取締役会が形骸化していたというのであれば、新たに親族以外の者を取締役として追加すれば足りるのであって、原告らを取締役として再任しないことが正当化されるとはいえない((ア)の点)。また、原告らから被告に対して上記(イ)①ないし③の提案がなされたことを認めるに足りる証拠はないし、仮にこれらの提案がなされていたとしても、上記①、②については、それらの提案が被告にとって違法、不当な内容であったとはいえず、上記③については、これが個人的な感情に基づく理由のない提案であったことを認めるに足りる証拠はない。

 

  したがって、いずれにしても被告の上記主張は、原告らを取締役に再任しなかったことについての正当な理由にはならないというべきである。

 

  イ また、被告は、原告松夫については、①無断欠勤や遅刻、直帰が頻発していたこと、②亡竹夫が使用していた社用車のベンツを通勤に使用していたこと、③自動車で通勤していたにも関わらず、電車通勤である旨申告し、通勤手当を受け取っていたこと、④被告名義のETCカードを被告の業務外のために使用していたこと、⑤花子から被告の株式を買い取るために被告から借り受けた一〇〇〇万円の返済を行っていないことからすれば、取締役として不適格であったとも主張する。

 

  しかしながら、上記①、④については、これらを認めるに足りる的確な証拠はない。また、その余の各事実については当事者間に争いがないものの、そのうち②、⑤については、取締役としての職務執行とは直接の関係がない事項であって、原告松夫を再任しない理由とはならないというべきであるし、③については、通勤手当を理由なく受給した期間やその総額については明らかではなく、取締役としての適格性を欠くというほどに悪質な行為であったことを認めるには足りない。

  よって、被告の上記主張には理由がない。

 

 

  ウ 以上によれば、原告らを取締役として再任しなかったことにつき正当な理由があるという被告の主張はいずれも採用できず、その他にこれを認めるに足りる証拠はない。

 

 

 

  (3) そこで、原告らが被った損害について検討する。

 

  平成二三年一月二〇日当時に原告らが得ていた取締役報酬は、原告太郎につき月額六〇万円、原告松夫につき月額二九万五〇〇〇円であったことは前記前提事実(3)に記載のとおりである。

 

  この点、原告らは、原告らが取締役を退任した日の翌日である平成二三年一月二一日から本件定款変更前の本来の任期の終期である平成二八年六月末日までの間の得べかりし取締役報酬相当額が損害となる旨主張する。

 

 しかしながら、平成二三年一月から平成二八年六月までの五年五か月以上もの長期間にわたって、被告の経営状況や原告らの取締役の職務内容に変化がまったくないとは考えがたく、原告らが平成二八年六月までの間に上記の月額報酬を受領し続けることができたと推認することは困難であって、その損害額の算定期間は、原告らが退任した日の翌日から二年間に限定することが相当である。

 

  以上によれば、原告らが取締役に再任されなかったことによって被った損害額は、原告太郎につき一四四〇万円(六〇万円×二四か月分)、原告松夫につき七〇八万円(二九万五〇〇〇円×二四か月分)であると認められる。

 

  なお、原告らは、上記各損害賠償金に対する遅延損害金の利率として商事法定利率年六分の割合を主張しているが、上記損害賠償請求権は商行為によって生じた債権とはいえないから、その利率は民法所定の年五分の割合によるべきである。

 

 

 

  四 争点(3)(本件各処分の適法性)について

 

 (1) 原告松夫が財務経理部部長兼総務人事部部長たる労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求める訴えについて

 従業員をどのような職位に配置するかという人事に関する事項は、会社の専権に属するものであるから、特段の事情がない限り、従業員が会社に対して当該職位に基づいて就労することを求める権利はなく、当該職位にあることの確認を求める訴えは、不適法というべきである。もっとも、職位は、それに基づいて付与される賃金体系、手当、旅費等の待遇上の階級を表す地位として捉えることが可能な場合があるので、当該職位から降格された従業員がその待遇上の格差を問題としているときには、当該地位にあることの確認を求める訴えも許されるというべきである。

  これを本件についてみると、原告の主張によっても、本件降格処分によって、それと関連した賃金体系、手当、旅費等の待遇上の格差が変更されたことを問題としていることは窺われないし、被告における従業員の職位と賃金体系とが関連付けられていることを認めるに足りる証拠もない。

  以上によれば、本件降格処分の適法性を検討するまでもなく、原告松夫が財務経理部部長兼総務人事部部長たる労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求める訴えは、不適法というべきである。

 

  (2) 本件各減給処分について

 

 ア 根拠について

 被告は、本件減給処分一は、本件降格処分に伴い、被告の就業規則第四五条、賃金規程第一五条及び第一六条に基づいて行ったもの、本件減給処分二は、上記各条項に基づいて行ったものであると主張する。

  この点、会社の賃金体系が職位と関連づけられている場合には、降格処分に伴って降格後の職位に対応した賃金に減額されることになっても、当該降格処分が正当なものであれば、その減額には一般的に合理性があるものと解されるが、被告における賃金体系とその職位とが関連付けられていることを認めるに足りないことは上記のとおりであるから、本件減給処分一が本件降格処分に伴うものであったからといって、直ちに当該減給処分が正当なものであったとはいえない。

  他方、被告の賃金規程には、「月額給与額は、各個人の職務の内容、能力、経験等を考慮の上、各個人ごとに決定する。」(第一五条)、「月額給与額の更改は、原則として毎年一回、七月一日に更改するものとする。」(第一六条)という定めがあることは前記前提事実(7)に記載のとおりであり、ここに「更改」という文言があることからすれば、同条項を根拠として賃金の減額を行う余地はあるものと認められる。

 

  イ 適法性について

 もっとも、被告の賃金規程には、上記にいう「更改」にあたって、どの程度の減給を行うことができるかについての具体的な基準は定められておらず、その減給の程度は被告の裁量に委ねられていると解されるので、本件各減給処分がその裁量権を逸脱、濫用するものとして違法となるか否かを検討する。

  この点、本件減給処分一においては、その基本給が八〇万五〇〇〇円から五七万二〇〇〇円へと約二九パーセント、本件減給処分二においては、その基本給が五七万二〇〇〇円から四五万七六〇〇円へと二〇パーセントにも及ぶ減給がそれぞれなされているところ、その減給の程度は、被告の就業規則で定められた懲戒処分としての減給処分(同規則第三二条②)における減給の程度が一賃金支払期における賃金総額の一〇分の一以内とされていることと比べても、あまりに過大であったというべきである。そうすると、本件各減給処分は、その理由の正当性について検討するまでもなく、減給の程度が過大であること自体からして、被告に委ねられた裁量権の範囲を逸脱しているというべきであるから、違法であると認められる。

  そうすると、原告松夫は、本件減給処分一がなされた平成二三年七月以降も月額八〇万五〇〇〇円の賃金の支払を受ける権利を有するというべきである。そして、これによれば、同月から本件訴えが提起される前月である平成二五年六月までの間の未払賃金は、次のとおり六九六万四八〇〇円となる。

  (805,000-572,000)×24+(572,000-457,600)×12=6,964,800

 

 

 

 

  五 結論

  以上まとめると、①原告らの主位的請求は、原告松夫が平成二三年七月から平成二五年六月までの未払賃金六九六万四八〇〇円及びこれに対する平成二五年七月一九日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金並びに平成二五年七月から本判決確定の日まで毎月二五日限り月額八〇万五〇〇〇円の割合による賃金及びこれに対する各支払期日の翌日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、原告松夫が被告の財務経理部部長兼総務人事部部長たる労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求める部分は不適法であるからこれを却下し、その余は理由がないからこれらを棄却し、②原告らの予備的請求は、原告太郎につき一四四〇万円、原告松夫につき七〇八万円及びこれらに対する平成二三年一月二一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれらを認容し、その余は理由がないからこれらを棄却し、主文のとおり判決する。

   

 

(裁判官 能登謙太郎)

 

  別紙 親族関係図《略》